驚くべきGPT-6の進化
GPT-6を使い始めてから、Codexに仕事を任せる感覚が変わりました。
これまでは、作業を見ながら途中で指示を差し込むことがよくありました。その方向ではない、いま調べるべきなのはそこではない、そもそも最初の前提を見直してほしい。最初に依頼を渡したあとも、人間が横で進路を修正する場面は少なくありませんでした。
それが、GPT-6では減ったと感じています。作業の途中で行き詰まったとき、そのまま進もうとする前に、いったん戻って考え直す。与えられた前提を疑い、別の進め方を探す。そうした動きが見えるようになりました。
仕事をしていると、実際に手を動かしたからこそ、最初の想定が違っていたと気づくことがあります。画面を作るうちにユーザーへの理解が深まり、そもそもの要件を変えたほうがよいと分かる。資料を整理していたはずが、本当に解くべき問題は別にあると気づく。よい仕事には、こうした行ったり来たりが含まれています。
AIにも、その動きを期待できるのかもしれない。今回の驚きは、仕事を任せる相手としての期待が変わったことにあります。
目的を理解し、自分で判断し、ときにはこちらの考えまで問い直してくれる。そんな相手と働けるなら、以前から理想にしていた仕事の仕方に、もっと近づける気がしています。
仕事の醍醐味は、優秀な相手と原則を共有し、想像を超える成果を生むこと
私にとって仕事がいちばん面白いのは、自分が考えていた以上のものを、相手が持ってきてくれるときです。こちらも相手の想像を超えるものを返す。その成果を持ち寄ることで、一人では考えつかなかったものが生まれる。そういう仕事を、もう一度、何度でもしたいと思っています。
以前のマネジメントでも、そこに面白さを感じていました。細かな手順を一つずつ伝える代わりに、目指す場所と、仕事をするうえで大切にしたい原則を共有する。なぜそれを目指すのか、どういう存在でありたいのかまで伝えたうえで、進み方を任せる。すると、こちらが思いつかなかった方法で、素晴らしい仕事をする人がいました。
たとえるなら、目的地と到着時刻、それから道中で守ってほしいことを伝えるようなものです。どの交通手段を使うかまで決めなくても、状況を調べ、自分で考えてたどり着く。その過程に、自分にはなかった工夫がある。そこに感動がありました。
サッカーにも、似た面白さがあると思います。チームとしてどんな戦い方をしたいのかを共有し、選手がその瞬間の状況を見て動く。味方の位置や相手の出方は絶えず変わるので、次に何をするかは、その場で判断しなければなりません。共通の原則があるからこそ、それぞれの判断がつながり、よいプレーになります。
AIにも、そういう働き方を期待しています。何を実現したいのか、何を大切に判断してほしいのかを渡す。そのうえで、必要な作業を選び、組み合わせ、もっとよい進め方があれば提案してほしい。
自律的に仕事を進めるAIエージェントをつくりたいという気持ちの根には、この期待があります。自分が細かく思い描ける範囲を超えて、一緒に仕事をしてみたいのです。
ただし、すべての仕事がその能力と自由度を必要としているわけではない
その一方で、日々の業務を見渡すと、毎回そこまで考える必要のない仕事もあります。
確認する項目や対応の手順が決まっていて、安定して繰り返せる仕事があります。そうした仕事を任せるなら、まず作業をきちんと定義し、必要なスキルを持つ人が、求める品質で進められるようにする。その業務に見合う人材とコストを考えるのは、自然な判断です。
難しい問題を解ける人に、毎回ゼロから進め方を考えてもらう必要があるか。その人の能力を使うことで、成果はどれだけよくなるのか。手順が決まっている部分では、決まったことを確実に終えてもらうほうが、仕事としてうまくいく場合があります。
もちろん、普段は手順どおりに進められる仕事でも、予想外の事態が起きたり、進め方そのものを見直す必要が出てきたりすれば、改めて考える力が求められます。同じ業務の中にも、手順で進められる部分と、立ち止まって考えるべき部分がある。その違いを見極めて、任せ方を変える必要があります。
最高の仕事をしたいという願いと、すべての業務に最高の知能を投入することは、分けて考えなければなりません。
自分が面白いと感じる働き方を、あらゆる作業に当てはめようとすると、仕事に必要なものを見誤ります。AIに対しても、同じことが起きているのだと思います。
人間には当たり前だったマネジメントを、AIにも適用する段階に来た
能力の高いAIに自由に考えてもらうと、進め方を探すことにも、試してやり直すことにも利用量がかかります。AIが処理する情報量の単位であるトークンは、最終的な回答だけで消費されるわけではありません。
夜間もエージェントを動かす場面を考えると、この問題が身近になります。寝ている間にも仕事を進めてほしい。けれど、朝起きたら利用枠を使い切っていたらどうするか。想定より多くの試行錯誤をしていたら、どこまで費用が膨らむのか。仕事を任せたはずなのに、その消費が気になって眠れない。自律的に動くことへの期待が大きいほど、止めたくない気持ちと、使いすぎへの不安が同時に生まれます。
人間の組織では、以前から相手に応じて仕事の渡し方を変えてきました。自分にも答えが見えていない課題なら、信頼できる相手に背景から共有し、一緒に考える時間を取る。繰り返し行う仕事なら、手順や判断基準を整えて任せる。難しい問題を解ける人の時間も限られているので、どこに力を使ってもらうかを考えます。
AIについても、その判断が必要になってきました。
答えの見えない課題には、高度な知能と、前提まで見直せる裁量を渡す。作業として定義できる部分には、マニュアルやワークフローを用意し、必要な品質を満たす、より低コストなモデルを使う。そして、手順の範囲では判断できない問題が出たら、改めて考える工程につなぐ。
どのモデルが優秀かを知ることに加えて、その仕事にはどこまでの知能と裁量が必要なのかを判断する。AIの能力が上がるほど、使う側にはそうしたマネジメントが求められるようになると感じています。
ワークフローをつくる意味も、変わってきた
以前は、AIに仕事をうまく進めてもらうために、工程を細かく分ける必要がありました。最初に情報を集め、次に整理し、そのあとで案を作る。一度に任せるとうまくいかないことを、扱える大きさに分け、順序を整える。ワークフローは、モデルの性能を引き出すための工夫でした。
モデルが進化すると、そこまで細かく指示しなくても進められる場面が増えてきます。目的を伝えれば、自分で必要な工程を考えられる。それなら、もっと自由に任せてよいのではないかと思うのは自然です。
ところが、自由に任せ続けると、今度はその考える過程にかかるコストが気になってくる。そこで、一周回ってワークフローに戻ってきます。
同じ結果に至る仕事でも、毎回AIに順序から考えてもらうのか、分かっている手順を渡すのかで、必要な探索は変わります。十分に確かめられた手順があるなら、それを使うことで、繰り返し考える部分を減らせます。
今回のワークフローには、自律的に考える価値があるところへ、知能と予算を配分するための仕組みとしての意味があります。定型的な工程を整えれば、その分、前提を疑うことや、新しい方法を探すことに力を使えます。途中で新しい問題が見つかったときには、前の工程へ戻れる余地も残しておきたいところです。
ただ、仕事を細かく分け、安いモデルに渡せば、それだけで費用が下がるとも限りません。別のエージェントに任せるには、背景を伝える必要があります。返ってきた成果を理解し、正しいか確かめ、必要なら修正する。その引き継ぎや確認にも、時間とトークンがかかります。
分担した結果、一つの高性能なモデルに通して任せたほうが、早く、安く終わったということも考えられます。見るべきなのはモデルの単価だけでなく、必要な品質の成果にたどり着くまでの総コストです。仕事ごとに任せ方を試し、結果を確かめながら調整していく必要があります。
理想の仕事を、持続できる形で実現したい
優秀な人たちが目的と原則を共有し、それぞれの判断で動き、想像を超える成果を持ち寄る。私は、そういう仕事ができる環境をつくりたいと思ってきました。
実際にその面白さを感じた経験はあります。ただ、その環境を安定してつくり、続けることまで、十分にできたとは思っていません。必要な能力を持つ人に出会い、一緒に働き、互いを理解しながら、その力を発揮できる仕事を用意する。理想を実現するには、いくつもの難しさがありました。
AIの進化を見ていると、その理想に近づく可能性を感じます。自分が行き詰まったときに別の見方を示し、任せた仕事の先で、新しい発見を持ち帰ってくれる。そういう相手と働けることには、大きな期待があります。
その能力を仕事の中で生かし続けるには、任せる側の設計も必要です。作業として回せる部分を整え、どこに判断が必要なのかを見極める。答えのない問いや、新しい価値を生む仕事には、十分に考える余地と予算を用意する。
まずは、自分ともう一人にあたるAIとの間で、そんな仕事ができればよいのかもしれません。互いの成果を受け取って、次の発想が生まれる。その積み重ねから、一人ではたどり着けなかったところへ進んでいく。
GPT-6に驚いた先で考えているのは、そういう働き方です。想像を超える仕事を、一度きりの体験で終わらせず、日々続けられるものにしたいと思っています。
本稿は@theaktkyと、キジトラの池田の対話を元に内容を再構成したものです。